タヒチ・タプタプアテア(Taputapuatea)のマラエ

せっかくタヒチに行ったのだから、何か残しておきたいと思って、Taputapuatea(タプタプアテア)のマラエについて聞いたこと、感じたこと、調べたことを書いておこうと思います。
私たちがレースのために滞在したのは、フレンチポリネシア=タヒチのソシエテ諸島にあるライアテア島。フレンチポリネシアで2番目の広さをもつ島。何世紀にもわたりソシエテ諸島だけではなくポリネシア全体の宗教と文化の中心地でもある場所なのだそう。この島は伝統的に反中央意識が強く独立心が旺盛、タヒチを中心とするポマレ王朝がフランスに滅ぼされたのちも最後まで抵抗をつづけたのがこのライアテア島だったそうです。
ライアテアは現地の言葉で「遥かなる楽園」「柔らかな光の空」という意味。
かつては「神の揺りかご」という意味の「ハヴァイキ(Hawaiki)」と呼ばれていて、太平洋に移住した最初のポリネシア人たちの故郷だと伝えられています。
考古学の研究では、ハワイ諸島やアオテアロア(ニュージーランド)の主なマオリの移民、ラパヌイ(イースター島)などのネイティブは、すべてライアテアから旅立った人々とされています。
そのため、ライアテア島にはマラエやペトログリフなど、歴史・文化を今に伝える考古学的遺産が豊富だとか。
そして、そのライアテア島にあるのがポリネシアン・トライアングル最大・最古の国際的マラエである「Taputapuatea(タプタプアテア) のマラエ」。マラエは「祭祀場」という意味です。
このタプタプアテアのマラエは、ポリネシアンの先祖達がマナ(MANA=神聖な力)が宿ると信じ、それはそれはたくさん石を敷き詰めて造り上げた宗教的・政治的権限の神聖な禁制地。ここでは、王族の就任式、政治協定の締結、さらには国際会議が執り行われ、そして今でも、ハワイ、ニュージーランド、クック諸島のコミュニティーが、この地を巡礼します。先祖の魂が宿るポリネシアで最も神聖な場所であり、精神的なそして文化的な故郷として。ハワイ文化復興のシンボルでもあるホクレアが立ち寄ったことでも有名な場所です。マオリとかもかなり熱心に通っているようですよ。
なぜこの地が最も神聖な地となったのかというのは、このマラエがあるオポア地区が、創世神タンガロアの息子であり、戦いの神でもあるオロ神の産まれた場所だということで、あるタフア(神官、ハワイではカフナ)が一種の宗教改革をおこなったので、このマラエの格が上がったからだそうです。 タンガロアはハワイではカナロア=海と海風の神様のことだよね。

看板〜マラエの全体像。

かなり大きな石

山も神秘的

わたしたちをこちらに案内してくれたYOさんがマラエで話してくれた地元のアンクルから聞いた伝説によると…
このマラエには生贄が捧げられていました。
花などだけではなく、動物や人間ということもありました。
このまん中の写真に写っている私達が囲んでいる背の高い石。
この石よりも大きな人間は処刑を免れたのだとか…でも、こんな大きな人間が居るはずもなく…ですよね。処刑は、生贄が寝ている間に行われたようです・・・すべてもの恩赦なのかな…。
また、最初にあげた写真には、タプタプアテアのマラエの向こうに小さな島が浮かんでいるのですが…そこから罪人や権力に反抗する人を海に浮かべて並べ、王様がその島から歩いてマラエまで渡ったという話もあるのだとか。
ワニ(=サメ)をだまして並べて海を渡った因幡の白ウサギのような話ですが、そういう話で当時の王様の権力を人々の心に植え付けたのかもしれませんね。
タプタプアテアにはこの地を説明する看板もあったのですが、英語やフランス語などで書いてあるので私にはよく理解できませんでした。YOさんによるとタヒチアンのアンクルから教えられた話とは違うことも書かれているようで、征服者によって塗り替えられた事実というものが、ここにも存在するのだな~ということが判りました。
そして、その看板には日本とポリネシアのかけ橋にもなった亡き篠遠博士のことも書かれており、あらためてご冥福と感謝の気持ちをこのマラエで伝えました。

今でもたくさんの供物が捧げられている

方角を示しているのかな??

アフ(祭壇)マラエがマラエたる由縁

そして、マラエの石を少しでも動かすと災いが起こるらしいです。
マラエには石が積まれたアフ(祭壇)があるのですが、アフには立ち入り禁止です。でも、祭壇の前にある石はマラエを造った人の家系を象徴していて、儀式参加者の背もたれにもなったそうなんです。
あと、このマラエにはたくさんの木があって私達も落ちていたマンゴーを拾って食べたりもしたのですが、この木々の中には「Ati(アティ)」という木がありまして、その木になる実から採取出来るのがポリネシアンの万能オイルの誉れも高い「Tamanu Oil(タマヌオイル)」なのだそうです。
このタプタプアテアには、他にもたくさんの神殿があり、たくさんの供物が捧げられている場所もありました。そこの前に立つと、なんか気持ちがザワザワしました。他にも前に立つとすごい身体が熱くなる場所もありましたよ。それぞれのマラエの役割や人々が託した想いとか、人の揺れ動く気持ちとか、期待感とか、そんなことを感知したのかもしれませんね。
でも、ハワイの人身御供のヘイアウ(神殿)に行くと、なんとも異様な気配を感じたりするのですが
タヒチのこのマラエは人間や動物が生贄として捧げられていたわりには、なんともオープンで爽やかで、いやな気配がまったく感じられなったのが不思議。でも、畏敬の念としかいいようのないものが心の底から湧いてくる場所でしたが…、すごい人こそ、さり気なくその場に居るような、そんな感じなのかな。
私たちもアフの前で手をつなぎ、御神酒で場を清めて、いつも海に出る時のように、レースの無事をお祈りさせていただきました。じつは、今年の私たちが出たレースのコースも、このタプタプアテアの前を通っていて、通過する時に再度感謝の気持ちを伝えたんですが、そのあと潮の流れにうまく押されて、神さま達が応援してくれたんじゃないかなー、なんて都合よく解釈してます(笑)
このタプタプアテアのマラエは、まだ修復途中のものもありますが、2017年7月9日にユネスコの世界文化遺産に正式に登録されました。
タヒチ全体の印象としては、「通りが良い」っていうんですか…。
余計なものがない分、人間が人間の正統な力をキャッチして動けるっていうのかな。
良いも悪いもなく、あるがままを受け容れるっていうんですかね。
とにかく、受け皿が大きくて、レスポンスがすぐに来る場所。
そして、静かに静かに色々なものが染み透っていく…そんな感覚が味わえる不思議な魅力のあるところ。
タヒチでは、たくさんの人がわたし達に手を差し伸べてくれて、奇跡のような体験を何度もしましたが、でも実はこれってタヒチほどではないにしても日本でも起きていることだったりします。特に不便な場所に1人旅していると出会う光景だったりします。日本の都市部はあまりにも便利過ぎたり忙しすぎたりで、自己解決が当たり前の世の中になってる。だから、他人の不便さとか、そういったことに思いが至らないんだろうな…と、日本に戻り、自戒も込めて、通勤電車の中で家電のCM映像を眺めていたら、そんな思いに辿り着きました。タヒチは、そんなことにも気づかせてくれる場所です。
また行きたいかというと…行きたいような行きたくないような、でも、行かざるを得ないというか、またすご~く行きたくなってしまう…そんな場所になる予感がしています。
参考サイト
①⇒THE ISLAND OF TAHITI(タヒチの島)
②⇒タヒチ情報
③⇒tahiti.Guide

海に落ちる幻の滝☆伊豆高原

夜明け

ALOHA!
朝晩、だいぶ冷え込んできましたね。
最近の朝の風景は、空全体で虹のグラデーションを見せてくれるので、起きるのがとても楽しみ。
写真だとなかなか上手く撮れないもんですね。
ここのところ本の整理をしたせいで、以前に読んだ本を読み返す機会に恵まれました。
その中で、リズ・ブルボーさんのこの言葉に再び心を打たれたので、ここに記しておきますね。
『悪い人はいません。傷ついた人がいるだけです。
傷ついて、どうすれば状況を変えられるか分からない人がいるだけなのです。』

この言葉に当てはまらない人は世の中には居ないんじゃないかな~。誰しも何かしらの傷は抱えているし、他人の何気ない言動に傷ついたり、知らぬうちに他人を傷つけていることもあります。でも、こう考えることで、他人を理解し、思いやる気持ちが育つのかな~なんて思いました。
私自身はとても弱い人間で、ついつい感謝や思いやりを忘れがちなので、何度か読み返して心に刻みたいと思います。

幻の滝(対島滝)

さて、先週末は、高校からの友人達と伊豆高原に旅行してきました。
本当は、初日には宇佐美の巣雲山を登り、伊豆高原で1泊する予定だったんだけれど雨で今回は断念。その分、ノンビリ旅となりました。
そのときに、立ち寄った風景を少しおすそ分けです。
写真からもパワーを感じていただけると思います。
城ヶ崎の吊橋は有名ですが、伊豆高原駅の近くにもう一つ橋立吊橋というものがあると聞いたので、帰りがけに寄ってみました。
その途中、伊豆高原駅から海のほうへ歩き、緑多い対島川(たじまがわ)沿いの遊歩道を歩いて海が見えてきたところに「幻の滝」の看板を発見!
大雨が降った時だけ出現する海に落ちる滝なのだそうです。
…ということは、昨日の雨は最終的には恵みの雨となり
見事な幻の滝→「対島滝」を観ることができました。

来宮神社大楠

大楠拡大

そして、熱海の近くにある来宮神社にも立ち寄りました。
この大楠は樹齢2000年以上とも言われています。
ずっとここに立ち続けてるんですよね。当たり前だけど。
自らは動かずして、その姿とスピリットを求めてみんなが集まり、人の気持ちを動かす存在
憧れるな~。
私は、何か気持ちが落ち着かない時にこのどっしりとした姿を観にたびたび寄らせて頂いています。
観るところによって色々な表情が観られるのも面白いよね。私は龍に見えるところがあって、そこが気に入ってます。
写真を観て、何か感じたことはありますか?
それが今のあなたの姿です。
良いことも、いっけん悪いと思われることも今の自分を受け容れてくださいね。
最後まで読んでくれてありがとう。
今日も笑顔の瞬間がたくさんありますように!

伊豆・大島のVoyagingで感じたこと

伴走艇から見た大島

ALOHA!
空気が澄んで気持ち良い季節となりましたね!
関東では、一昨日は大きなダブルレインボーが出て、たくさんの希望の7色の写真がFacebookをにぎわせていました。
マナカードで、虹が象徴するのは「変容」ですから、みんなが色々な学びを受け容れ変化していくさまを祝福しているのだと思われます。しかも伊勢神宮・内宮のご神体「八咫鏡(やたのかがみ)」を新しいお宮に移す日だったんだね…なんか意味があるよね!
さて、先月21日に 日帰りで伊豆・大島まで出かけてきました。4月からはじめたアウトリガーカヌーのオハナたちと一緒に、往復約120kmを約12時間で漕いできました。
「太古の時代と同じようにカヌーで島へ渡った先祖の道」
Hoe Va’a Voyaging Moku Nui(大島) 2013/9/21
何故海を渡るかといった理由については、アウトリガーカヌーの指導をしてくださっているDukeさんのブログをご覧ください。忘れていることを思い出させてくれます。⇒Click!
詳しい航海の内容はコチラをご覧ください。ちなみに今回レポートを書かせていただきました…感謝⇒Click!
そして、ここでお知らせ!
熱きスピリットの勇者達が小笠原・父島へのVoyagingやレースを目指して、日々精進し練習に励んでいます。
彼らの活動を応援するTシャツを販売しています。色を自分でカスタマイズできるし普通の応援Tシャツとは違って、とてもファッショナブルなのです。パドルがデザインされているのですが、ネイティブアメリカンに興味ある方は好きなデザインかも…私もさっそく購入いたしました。
ここを読めば志の高さを感じていただけるはずです。
みなさんも応援お願いします。Click!
ここまで読んでもらえるだけで全然OKなんだけど、大島に行ったことで私が感じたこともついでに読んでってね~。下の写真のあとにありま~す。

朝日の中を漕ぐ

「太古の時代と同じようにカヌーで島へ渡った先祖の道」
Hoe Va’a Voyaging Moku Nui(大島) 2013/9/21
詳しい航海の内容はコチラを⇒Click!

岡田港・龍王神社

今回は「Voyaging=航海」が目的なので、島内の散策はほとんどありませんでしたが、大島・岡田港近くの龍王神社に少しだけ立ち寄ることができました。
いつもの通り、ここに導いてくれたこと、そして生かしていただいていることへの感謝を告げます。
大島の自然は太古を思わせるような樹木と大地のエネルギーが渦巻いてます。
この神社のある場所、空気の密度っていうのかしら…が、とても濃いです。
大島の岡田の地域にはもう一つ八幡神社があるそうなんですが、その八幡神社の祭神が「源氏」なので、「平家」の神々が怒って災害を起こすので、ここに龍王神社が祀られたそうですよ。
そして、祭神に「安徳天皇」が祀られているという説もあるらしいっす。
亡き父から聞いた話だと私の祖先は「平家の武士」だったらしいので、大きな意味での「先祖=海を渡った先人」のスピリットを感じる旅として参加しましたが、思いがけなく自分と深く結びついた先祖を癒す旅にもなりました。平家はもともと海との繋がりが強いしね。
ずいぶん前に「長崎」に旅する予定が台風の影響で「広島」で飛行機を降ろされ、そこから訳も判らず、「下関の赤間神社」で平家の墓をお参りし、「安徳天皇」が入水したとされたところを見て、「関門トンネル(海の底)」を歩いて渡り~海の神様を祀る「宗像」「長崎」「佐世保」「島原」まで、天からコマを動かされているような巡礼の旅をしたことがあるのです…タロットで行き先を決めたり、山の中や神社の奥宮で裸足になってフラを踊ったりして。
その旅は、出発する前に「阿鼻叫喚」という言葉だけの夢を見て、原爆、隠れキリシタン、源平合戦などの戦いの爪あとを癒す思い出深い旅だったのだけれど…長くなるから、ここでやめよう。
瞑想したり酩酊すると何故だか?北条政子ちゃんが出てきたりもするし、なんだか、DNAとか魂の中に自分を平和に導くために、受け容れ、癒し、和解すべき何かがあるんだろうな。北条は伊豆の守で平家方だったのに、源氏と縁を結んでるしね。
だから、自分が旅するところや惹かれる場所は、やはり偶然ではないと思うのです。
なので、そこに行くことになったら、その場所のことを調べていくと更に心に響く出来事が起こるかもしれませんね。
私の苗字は「日本」という意味なので、それを知ってから日本のあらゆる場所に感謝を告げる旅を始めました。主に神社や巨石や遺跡などがある山の中ですが、20年前の大失恋をきっかけに願いごとは一切しない主義にしています。ただ、感謝を告げるのみ。そのおかげなのか、旅に行くごとに自分の源と深く強く繋がっていくのを感じていますし、いつも天候にも恵まれ歓迎されます。
不思議なことに、到着する前に雨が降って大地を洗って待ってくれていたり、雨が降っていてもお参りする間だけ晴れていたりするんですよ。そして、風が吹き、木々がよく来たね!と語りかけ、喜んでくれているのが判ります。道に迷えば鳥たちが案内してくれますし、蛇も行くべき方向を示してくれます。本当にありがたいことです。
秋は食べ物も美味しく、活動するにはとても良い時期なので、是非皆さんも自分の源とつながる旅に出かけてみてくださいね。
最後まで読んでくれてありがとう!今日もぴかぴかの笑顔で過ごしましょう!

●ホナウナウ(ハワイ島)2013.8.31

キイ

ハレ・オ・ケアヴェ

アフエナヘイアウ(コナ)

カプ制度があったころの「プウホヌア=逃れの地」でもある「ホナウナウ」
ハワイ島の観光写真にキイ(木造の神像)が海辺に立っている姿をよく見かけますが、その地です。
キイが23人のアリイ(酋長)の遺骨を納めた神殿ハレ・オ・ケアヴェを守っています。
ちなみに、ハレ・オ・ケアヴェの建物もキイも、復元されたものです。
祭壇なんかもちゃんと復元されてる…素晴らしい。
また、コナのキングカメハメハホテルの前の小さな入り江からレースのカヌー約150艇ほどが次々と船出していくのですが、そこにもハレ・オ・ケアヴェのレプリカと思われるものがありました。(調べたわけじゃないので定かではない)
*その後判ったこと⇒ここは「アフエナ・ヘイアウ」といって、カメハメハⅠ世が1819年に亡くなるまで晩年を過ごした場所なのだそうです。
ちなみにホナウナウには、コナの酋長だったケオウアのお気に入りの休憩所「ケアウオ・ストーン」なるものがあるようですが、このお方は、カメハメハ大王と敵対していたので、カメハメハ大王がハワイ統一を祈願した際に生け贄としてプウコハラ・ヘイアウに 捧げられたようです。(怖いわ~)

ヘイアウ付近の海

ヘイアウ遠くから

ヘイアウに向かう道

古代ハワイでは、カプを破った者たちのせいで神々が怒り、溶岩を流したり、津波を起こしたり、地震や飢饉などの災いをもたらし、罪の無い人々も巻き込まれると言う風に考えられていたそうです。そのため、簡単にはこの聖地に入る事ができないようにされていました。
この逃れの地・聖域の周りは王族や刑の執行者が住む区域なので陸から辿りつくには困難な場所。犯罪者は海を泳ぎ、北方からのみ、その場に入る事が許されていたそうですが、ここは黒い溶岩石が険しい海岸線なので、海から近づくことも容易ではありません。
広く開けた海の写真が、ホナウナウの海なんですが、これだけ視界が開けてると罪人が逃れてきても、すぐに見つかっちゃいますよね。
しかも、私たちのレースのゴールはこの海よりは少し入った入江でしたが、上陸時に溶岩やそこに張り着いたウニで怪我をするということで、アクアブーツを用意したほどだったので、当時の人はたぶん素足でしょ…上陸するのは厳しいよね。
でも、そんなこんなで、辿りついた犯罪者がこの地に入ると祭司は夜通しにわたる儀式をとり行い、無罪の申し渡しをしました。そして、赦しを得た犯罪者は家に戻り、再び普通の生活に戻る事ができたそうです。
また、戦争中は 老人、子供、女性そして病人はこの「逃れの地」に入れば安全だったそうです。また逃亡中の兵士もこの聖域に入ることによって救われたそうですよ。

カヌー小屋(ハラウ)

カヌー

ペアのホヌが住む入江

そして、ホナウナウには王族専用のカヌー船着場、カヌー小屋(ハラウ)、養魚池、公園で最古のヘイアウ(神殿)などもあります。
赤いふんどしをつけ、日本のミノのようなものを着た、「子泣き爺」のようなおじさんが守っているようでした。
この入江にはカップルのホヌが住んでいて保護されていました。

カメハメハ結婚の儀式?

黒ふんどしのカフナ

貴重なもの身につけてる

その入江で、カメハメハの儀式もちょうどやっていたのです。なんの儀式かはハッキリ判らなかったのですが、おそらく結婚の儀式のような気がします。
黒いふんどしとマントを身に付けたカフナ(色々な分野の専門家)が祈祷し、黄色いドレスと特別な人しか身に付けられなったイリマの花レイポウ(頭につけるレイ)、首には身分の高さを証明するニホ・パラオアを身にまとったワヒネ(女性)が海で清められ、王族カラーでもある赤と黄色の羽根マントと羽根ヘルメットを身に付けた、キングカメハメハがそれを迎え入れる…といった雰囲気に見えました。
カヒリ(鳥の羽根が棒の先にたくさんつけられたものー偉い人がここに居るぞ!という印です。)が何本も立ち、カメハメハを称えるフラカヒコも捧げられとりました。普通の戦士のヘルメットは植物の蔦(なんの植物かは以前調べたけど資料見つからず)を編んで作られたもので、カメハメハの羽根付きの立派なヘルメットとの差が観てとれます。

カメハメハのマント

カメハメハのヘルメット

ニホ・パラオ

これらは、キングカメハメハホテルの展示品です。
前のカメハメハと王妃の写真をよく見てみると、これらを身に付けています。
カメハメハのヘルメットとマントは羽根つき。
これを作るのに、鳥1羽から数枚しか羽根を取らずに作るため、非常に手間暇がかかる細かい作業になったそうです。
2人の首にかかっているのは、「ニホ・パラオ」
王族のみが着けることができたアクセサリー。
黒い部分は人間の髪の毛を編んだもの。中央の白い部分はクジラの骨や歯などから出来ています。先祖代々受け継がれてきたものだったり、戦いに敗れた者が勝者に譲るといったこともあったようです。
足のサンダルもティの葉などで編まれたものですね。
ホナウナウで観たもののレポートは以上です。
もう少しゆっくり観たかったホナウナウだったのだけれど、これでもかなり十分な情報を得られて、ハワイ文化を学び、伝えるものとしては大収穫でした。
スタート地点のコナのキングカメハメハホテルの展示物として観たものを、ゴールのホナウナウで実際に人間が身につけて動いている姿を観ることができた…というのも、なんか面白い展開でした。
レースに参加したことで、古代ハワイアンの想いとか、そういったものをリアルに感じることができて、これはますますハワイのことに本気を出すときが来たのかな~なんて観じてます。っていうか、ハワイ島に住みたい。9年ぐらい前に、あなたなら何処でも暮らせるとチャネラーに言われたけど、来年には今の仕事も終わる可能性大だし、ほんとに行っちゃおうかな…
最後まで読んでくれてありがとう!
PC用のページだからスマホの人は読みづらいよね…ごめんね。
ハワイ島のエネルギーがあなたに届きますように。

ハワイ島のレースで感じたこと

ALOHA!
久々の日記更新になってしまいました。
8月27日~9月2日まで、ハワイ島にでかけてました。
8月31日~9月2日に行われた「Queen Lili’uokalani Canoe Race(クィーン リリウオカラニ カヌー レース)」に参加するためです。
私はとても感動したことでも、矢のように頭の中から全てを忘れ去ってしまうため、忘れないうちに、そのレースの感想を書き留めておきたいと思います。(しかし、もう既に危い…魂にはちゃんと刻み込まれてるんだけど…)
このカヌーレースは1929年から始まった歴史あるレースで、世界最長距離のカヌーレースとして知られています。ハワイのみならず、アメリカ本土やオーストラリア、カナダそして日本など、世界各地から老若男女の選手が集まるんです。
種目も様々で、6人乗り、1人乗り、男女カップルの2人乗りカヌーや、SUPなどの種目で競いあいます。
その中で、私は6人乗りの長距離(18マイル=約30km)のレースと、12名で5マイルを漕ぐダブルハル(双胴のカヌー)のレースに出場してきました。
トップの写真は、長距離のメンズのトップチームです。
リリウオカラニ女王とは、ハワイ王朝最後の女王で「アロハオエ」を作ったお方ですが、おそらくこの時期にこの方のお名前を冠してレースがおこなわれる理由は、9月2日がリリウオカラニ女王の誕生日だから、その記念レースなのかな~なんて思いました。(真意は判らず…)

ワイキキ

ハワイ島宿からの眺め

コナ…船出の地

27日にオアフに入り、ワイキキで泳いだりショッピングをしてのんびりと過ごしたあと、28日からはハワイ島へ。
アウトリガーカヌーを指導していただいているDKさんと奥様、一緒に漕ぐ仲間と合流のあと、ハワイ島で初漕ぎ!ハワイ島の海も景色も格別にキレイで、この海で漕げる喜びに浸りました。
しかも、この日は日本に居る間に練習してもどうしても出来なかったことが、出来るという嬉しい出来事が!
私は脚力には自信があるものの腕の力が弱いので、海に入ると日本では足をひっかけてよじ登るという力技でしかカヌーに戻れなかったのですが、ハワイの海で始めて腕を使ってカヌーにあがれるようになりました。コツがあるらしいのですが、なんか出来そうな気がしてやってみたら見事成功!
そして、29日、30日の練習の際には、100頭以上のイルカに遭遇。
29日は、ドルフィンスイムのガイドをされているKさんが一緒にカヌーに乗り合わせていたため、泳ぎが苦手な私もサポートしていただいて、イルカと同じ水中に身を浸しながら泳ぐ姿を観ることができました。
おかげで足のつかない海で泳ぐことに抵抗がなくなり、むしろ楽しく感じるようになりました。
力を抜くと海ってちゃんと身体が浮くんだね。
そして、レースメンバーが初めてハワイ島に揃って漕いだ30日の練習中には、なんとまたもや100頭以上のイルカの群れが私たちのカヌーに向かって泳いできて、カヌーがイルカに囲まれるという嬉しいハプニングがありました。
海に入らなくても、ばっちり水中にいるイルカが見られるんですよ。アマ(アウトリガー=うき)の下をイルカが通過していく!
しかも、赤ちゃんイルカが何度も飛び跳ねてクルクル回って愛らしい姿を見せてくれました。
帰りがけには、ホヌ(亀)も登場! なんだか、アウマクア(ハワイ特有の神様たち)が総動員で私たちを応援してくれているようでした。

ホヌに遭遇

ホナウナウ(ゴール)

ダブルハル(MIXのスタート)

そしていよいよ、8月31日に行われた長距離レースでは、大きく掲げていた2時間45分という記録に迫る2時間46分という記録で無事に完漕。私を含め3名は初心者のチームなので、「3時間きれるかどうか、それもひょっとして無理?しかもビリっけつで入ってくるんだろうな~」というみんなの予想を裏切っての結果でした。しかも、最後に1チーム抜いてのゴールでした。しかも、私たちの後ろには5~6チーム居たんですよ。
今回は海のコンディションも味方をしてくれたようです。
9月1日は、ダブルハルのレース。ニュージーランド、マウイ、アリゾナの方々と一緒に漕ぎました。
今回のレースでは、
「自分がこのレースをやり遂げた」というよりは…
「仲間が私をゴールに連れていってくれた」
ということを強く実感してます。
もちろん、体力や技術も未熟ながら、必死に漕ぎ、かけ声も出し、私自身も頑張りました。
でも、経験者である仲間がリードしてくれ、初心者である仲間と支え合い、
このチームだからこそ、やはりゴールにたどりつけたんだな~なんて感じてます。
そして、応援してくれた人々のスピリットも確実にカヌーを押してくれてたな。
ハワイ島に居る間、「222」という数字をよく見かけてたんだけれど、「2」というのは調和の数字なので、なるほど、「調和」がネックだったんだね。DKさんも「調和」ということを感じたレースだとお話をしてくれました。
もうひとつ観じたことは、自分はちっぽけだな~ということ。
卑下しているわけではなく、大いなる自然や仲間の内側に在る神性を感じるほどに、自分の小ささを痛感しました。独りで漕いでいる(生きている)わけではないのだと。
実際アウトリガーカヌーを6人で漕ぐということは、決して独りでは成し遂げられないことを成し遂げるということなんですよね。だから、みんながお互いにパワーを与えあってるんです。
何を考えて漕いでいたのか…と聞かれると、本当にあやふや。
私がみんなのお役に立てたかどうかは…かなり怪しいところなんだけど…
仲間のために漕ぐ!というのは常に意識して、漕いでいたような気もします。
そして、応援してくれた人々の笑顔や言葉とか思い出していたりもしてたかな~。
応援の声に笑っちゃったり、むかついていたりもして、自分の未熟さとも向き合ってました。
本当にとても長くて、そして、一瞬で終わった2時間46分。
今回のレースでもう一つ気付いたのは
孤独ってとても不自由だな! ってこと。
家族や仲間がいることって、縛られるって感じる人も多いけれど
今回、私が気付いたのは、
仲間がいて、お互いに助け合い、手を差し伸べあうことで得られる自由もあるんだな
ということです。
これに、気付いたことは今後の私の人生を左右するぐらいの大きな出来事だったのかもしれないな~と思います。
ハワイ島は人生の転機に必ず呼ばれる、私にとってはとても大切な場所。
音楽の仕事から離れて失意の中、怒りを抱えているときに突然友達の結婚式で呼ばれフラと出会い、母を亡くし、病気の父を心配しながら泣いてばかりいたマナカードのマスタコース。3度目のハワイ島は父を亡くし、兄を切り離し、孤独をみっちりと味わったあとにおとずれた仲間と力を合わせてカヌーを漕いだ、かけがえのない濃い時間。おかげでレース前に、痛いほどにお腹抱えて笑ってる夢を観ました。
その時の自分の内側の気持ちに呼応するように、ハワイ島は姿を変えて見せてくれるんだよね。
これって、たぶん、ハワイ島が活きている場所だからだと思う。
さて、今はこれぐらいしか思い浮かばないけれど、また、思い出したら書いてみようと思います。
ゴール地点のホナウナウは、古代ハワイにとってとても重要な場所なので、そちらのレポートをあとでゆっくりTrip欄に記しておこうと思います。書けたら、ここからリンクできるようにしておきますね~。
最後まで読んでくれてありがとう。
今日もあなたの笑顔がキラキラ輝きますように!

アウトリガーカヌーにはアロハスピリットが満載

ALOHA!
久々の日記になってしまいました。
6月22日、23日とアウトリガーカヌーのVoyaging(航海)に立ち合ってきました。 
もちろん、私は漕いでません。オハナのメンズ達が漕ぐので陸から応援です。
私は人を写すのが苦手(写るのも苦手)なので、人の写真は入ってません。
状況と感じたことを綴っておきたいと思います。しかも、かなりあっさり…(^^)
* Voyagingの模様は「オーシャンアウトリガーカヌークラブ」のブログにアップされる予定です。
コチラを⇒Click!
*詳しい経緯などはDukeさんのブログを是非ご覧ください。真意を間違った形で伝えたくないので!
コチラを⇒Click!
伊豆の弓ヶ浜には海洋民族の先人達のスピリットが宿っています。
その弓ヶ浜と葉山のスピリットをつなげるための航海です。
三浦半島・葉山の大浜~伊豆半島・弓ヶ浜まで、往復約220km。
大浜~伊豆半島の川奈まで、相模湾を渡り 約60km
川奈から同じく伊豆半島の弓ヶ浜(南伊豆)までが約50km
この行程を6人乗りのカヌーで、弓ヶ浜で1泊して往復。1時間ごとに海上での休憩を入れて漕ぎます。
5人は往復ともに川奈で交代しますが、ステア(舵取り)をしている私の師匠・Dukeさんはずっとカヌーに乗りっぱなしです。この方、八丈島~葉山まで1人でカヌーを漕いだ、良い意味で怪物です。

我が家から見た富士山

歓迎しているような伊豆の海と空

爪木島の影から現れたカヌー

晴れていても、海がうねっていたり、潮の流れなどで、航海はとても繊細(私はまだ初心者なので風とか潮の動きとか全然判らないけれど)。実際、朝の時点で海や天候の状況を見て、決行するかどうかが決まります。
決行した日は海も凪いでいて、富士山が光輝いていました。Dukeさんは「導かれている」と確信し、航海が決行されました。左の写真は朝4時半に決行を決めたとのメールを受けて、我が家から撮影した朝日を浴びた富士山です。
最初の葉山から川奈までは岸沿いではなく、相模湾の沖を行く形なので、ひたすら海・海・海…という中で漕ぎ続けます。
川奈から弓ヶ浜までは、もちろんノンストップですが、比較的、岸に近い場所を通るので、こちらから手を振ったら気づいてくれたりもします。それでも、遥か沖を漕いでいるのを見る感じ。
私は川奈まで電車で行き、みんなの到着を待っていましたが、11時半すぎぐらいに到着。
初島をバックにカヌーの姿が見えた時には、「人間の力ってすごいな~」と感動がこみ上げました。
日頃、漕ぎなれているメンズ達もやってきた時の表情は普段の練習とは全く違った表情だったのが印象的でした。
そして、川奈から出発したクルー達を、稲取、尾ヶ埼、爪木崎から応援しました。
爪木崎では、掛け声まで聞こえてきて、漕いでいるメンズ達のパワーの強さにびっくり。
一番最初の写真には、まん中あたりにうつる赤白ボディのカヌーの後ろに伊豆大島が見えます。 
これを撮影した場所は尾ヶ崎ウィングという展望台。

弓ヶ浜1

弓ヶ浜2

どんつく祭りの神社

ここが、目的地の弓ヶ浜です。まだ、カヌーが到着する前なのでのんびり。
 
昨年、この浜の写真を観て、海のこと(例えばサーフィンとか…)を始めるならここだな…と考えていた場所です。まさか自分がカヌーを漕ぐことになり、ここに来るとはその時には思いもよりませんでした。
そして、6時半ぐらいだったでしょうか…無事に到着。
翌日は、3時半に起きて、4時過ぎにみんなを弓ヶ浜で見送り、車で川奈まで先回りして迎え、また10時に見送り、電車で葉山・大浜に戻り、オハナと合流してカヌーを漕ぎました。
到着は何時頃になるのかな~なんて相談しているときに、沖から6人の姿が現れたときには大感動。まさか自分もカヌーに乗って迎えられるとは思わなかった。ギフトに感謝。
往復漕いだメンズ達。漕ぐ前と漕ぎ終わった後では、明らかに何かが変わっていました。
海という場所のエネルギーは瞬時に人を変えてしまうし、目的を達成したことで人はどんどん成長していくのだろう~なんて観じました。
オハナになったばかりの私は、彼らのことはまだ全然知らないけれど…大切なことを教えてくれた彼らが大好きになりました。
☆ 今回のVoyagingで私・白龍が感じたこと
晴れたこと、風と雲の動き、富士山の輝き、それは導き
そして、導きとは、目的をもったものだけに与えられた最高のギフト
そして、そのギフトを素直に受け取って決断する勇気
自分がここに進むんだ!と決めたら、あきらめずに漕ぐ、漕ぐ
あきらめなかった人が目的地に辿りつける
チャレンジすることの大切さ
オハナ(家族・仲間)の大切さ
あらためて、アウトリガーカヌーにはアロハスピリッツが満載!!
最後の写真は、「どんつくさん」。男性器がシンボルの神社で稲取でカヌーを待っている間に辿りついてしまいました。(実は前から、ここに来てみたかった)
このVoyagingではKANEのエネルギーが渦巻いていたから、このどんつくさんに寄ったことも偶然では無かったのかもしれないですね。(KANEとはハワイ語で男性という意味。他には、最高神=創造の神様の名前でもあります。偉大すぎるため偶像化も禁じられ、自然にあるもので例えられる神様です)
* 「オーシャンアウトリガーカヌークラブ」のブログ⇒Click!
*詳しい経緯などは、Dukeさん(師匠)のブログ⇒Click!

逗子鷹取山を歩いてきました。

神武寺のお地蔵さんたち

ALOHA!
先週少し暖かくなったら、今日はまた寒い。
三寒四温の季節というのでしょうか…みなさま、風邪にお気をつけください。
さて、先週の大磯の鷹取山に引き続き、逗子の鷹取山に登ってきました。
というのも、先月、逗子駅で街の案内をしているおじさんに、逗子のハイキングコースの地図をもらったのですが、先週大磯の鷹取山のことを調べていたら、逗子の鷹取山のこともネットで見かけて、あらためてその地図を見てみるとハイキングコースの説明がある。
ということで、出かけてきました。
ここも低いお山ですし、距離もさほどないので侮っておりましたが、意外に登り甲斐のある、楽しいハイキングコースでした。
山には私の大好きな巨石がごろっごろっ! 鎖場もあって、ドキドキワクワクな感じです。
東逗子駅からも神武寺駅からも追浜駅からもアクセスできるし、短時間で歩けるし、東京湾も相模湾も見えるので、眺めもとても良くて、またまた楽しく歩けるお散歩コースを見つけてしまいました。
散歩の模様は「Trip」の「逗子鷹取山」のところをご覧ください。⇒Click!

●逗子鷹取山2013.3.3 その3

鷹取山ハイキングコース鎖場

鷹取山 展望台

鷹取山 麿崖仏

どんどん登っていくと、上からワーワーと大きな声が聞こえてきたのですが、見上げてみたら、そこは鎖場。
反対側からコースを来た子供たちが怖くて声をあげていたようです。
鎖につかまらずに歩ける場所もありますが、確かに狭くて、少し怖い場所でした。でも、ちょっとこういうのがあると、気持ちがあがります…楽しかった。
そして、山頂の展望台に着いてびっくり。 山道ではほとんど人に会わなかったのに人がたくさんいます。
そして、その景観にもビックリ。古代の遺跡のような雰囲気。
この山は元々石切り場だったようで、側面がまっすぐ切られ、きりたった採石跡が多く残されているのです。だから、遺跡のような感じだったのですね。
そして、そのような岩壁があるので、ここはロッククライマー達の練習場になっているようです。今日もスパイダーマンのように、たくさん壁にはりついて練習に励んでいました。岩にはハーケンの跡がたくさん(原則的には禁止になってるみたいなんですけどね…)
そして、ハイキングコースを更に進むと「麿崖仏」
私の大好きな「弥勒菩薩」だそうです。 
とても、穏やかな顔をしていました。
麿崖仏を観終わるとすぐにハイキングコースは終わり。あとは、住宅街を抜けて追浜駅までアスファルトの道を歩きました。
東逗子駅から追浜駅まで、ゆっくり歩き、お弁当を食べて、ちょうど2時間。
また、ひとつお気に入りのお散歩コースが見つかりました。

●逗子鷹取山2013.3.3 その2

なんじゃもんじゃの木

海が見えた

石がゴロゴロ

この木は、神武寺境内にある「なんじゃもんじゃの木」
この木は、西日本には自生しているそうなんですが、関東では珍しいようで、何の木か判らないので「なんじゃもんじゃ」と呼んだらしい。
本当は、この木はホルトノキという種類の木で、樹齢は約400年、樹高は20メートルだそうですよ。
神武寺の境内を堪能したあとは、薬師堂の左脇から続いている鷹取山へのハイキングコースを登っていきます。意外にも野性味溢れるハイキングコースなのにビックリしました。
本来のコースを少し外れて、ところどころ大きな岩の上に登れるようになってますが、そこの一つで海を見下ろしながら、お昼ごはんを食べました。
東京湾かと思ってたけど、実は相模湾だった。
そして、歩きだすのですが、この山は、大きな岩がゴロッゴロッして、巨石が大好きな私にはたまらん場所でした。このように、ようやく人一人が通り抜けれるような場所もあります。

●逗子鷹取山2013.3.3 その1

ハイキングコース入口

神武寺表参道

神武寺薬師堂山門へ

先月、葉山にカヌーを乗りに行くとき、逗子のバス停で仲間と待ち合わせをしていたら、逗子の街案内の方に呼び止められ、逗子のハイキングコースの地図をもらった。
先週、大磯の鷹取山に登ってきたのだが、この地図を見てみると、逗子にも鷹取山があるらしい。ということで、今度は逗子の鷹取山に登ってみることにした。
東逗子駅すぐ脇の踏み切りを渡って住宅街の道を登っていくと、神武寺の参道の入り口が大きく現れるので、そこを入っていきます。
この表参道はきれいに整備されているので、とても登りやすい。
ただ、路面は石なので、雨天や雪が降った後などは滑り易いかも。
黄色い水仙の花が咲いていたり、地蔵さんが居たり、住宅街から少し入っただけなのに、すぐに生活の場から切り離される感じ。
神武寺へは、すぐに着いてしまった。
「晩鐘の鐘」や境内にいるお地蔵さん達をじっくり観てまわる。
自然と人が作ったお地蔵さんがしっくりと馴染んでいるのが面白い場所だと感じる。
参道では誰にも会わなかったのだけれど、神武寺ではたくさんの人に出会った。
神武寺駅からの裏参道や鷹取山方面から来た人のほうが多いみたい。